『琥珀色の遺言』(別館)

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2008.11.23 「Change the world」第16章
 
 どう解釈すればいいのか、まったく分かりかねた。
 向坂と彼の祖母の間にはここには記されていない確執がある。そうとしか、この文章を理解する方法はないように思えた。しかし、だとすると、安斎啓子が<アラジン>を見て号泣したことの説明がつかない。
 もちろん、彼女が孫に向ける感情が愛憎のどちらかに偏っていたとは言い切れない。むしろ、それは入り混じっていることが多い感情のはずだ。ただ憎いだけの相手なら無視すれば済む。そうではないから人はお互いを傷つけあうのだ。
 想像していたものとはかなり違っていたことに大きな徒労感を感じた。一瞬、向坂にこれを見せるのをやめようかとすら思った。
 しかし、そうするには一つだけ気がかりなことがある。一通だけ見つからなかった去年の六月の手紙だ。
 向坂衛は妹から届いた手紙を全て保管していた。最初の頃の数通が無くなっている可能性はあるけど、少なくともスクラップ・ブックに綴じられている手紙は先生の説明どおりに春夏秋冬毎に届いたものが順に並んでいた。
 それなのに、どうしてその一通だけが一緒に保管されていないのだろう。しかも、白内障で字を読むのが難儀だというのに横河先生に内容を読ませることもなく。
 書斎のどこかに隠してあるのだろうか。
 だったら、横河先生が見つけているはずだ。
 和室はどうだろう。
 それも難しい。もちろん、鴨居の上とか天井裏なら分からないけど、定年して三年の安斎啓子と一回り以上違うのであれば向坂衛は八〇歳近かったことになる。病を患った身体でそんなところに手を伸ばせたとは考えにくい。床下も同じことだ。土間にもそれらしき袋戸はない。あったとしても、やはり先生が見つけているはずだ。
 捨てたのだろうか。あるいは失くしてしまったか。
 可能性はそれが一番高いのかもしれない。けれど、そうではなかったとしたら。
「それにしても、田舎ってすげえなー」
 不意に玄関の土間から志村の声がした。向坂が何か返事をしているようだけど、ボソボソとした声なので何を言っているかは聞き取れなかった。
 あまり放っておくのも不自然だ。手にしていたスクラップ・ブックを奥の和室に置いて、そちらに顔を出した。
「ほら、なんばそがんとこで二人で突っ立っとうとねって。入らんね!!」
 呼び声に反応したのは志村だけだ。向坂は相変わらず仏頂面でアタシの顔を見ようとしない。
 ――嫌われたもんやね。
 自分が誰のために何をやってるのか、分からなくなりそうになる。けれど、首を突っ込むと決めたのが自分である以上、納得できないままで手を引くことはアタシにはできない。
 二人を残して奥の和室に戻り、さっきのスクラップ・ブックを手に取った。
 隣の部屋からは二人の話し声が聞こえてくる。志村はアタシが頼んだことを忠実に遂行しているようだった。
 切れ切れに聞こえてくる会話の内容は戦時中に疎開してきた向坂兄妹のことだ。そういえば、書斎の欄間に少年と幼い少女が一緒に写った白黒写真が飾ってあった。あれがそうなのだろう。向坂はアタシが横河先生から聞いたのと同じ、彼の大叔父とその父親の確執についてを志村に分かるように言葉を選んで説明してやっている。
 まだ、少し時間の余裕がありそうだ。土間用の下駄を引っ掛けて勝手口から外に出た。
 家捜しのプロには二人ほど心当たりがある。一人は誰の部屋に行ってもすぐに探検を始めてしまう悪癖を持ったアタシの親友で、もう一人は本当に家宅捜索を仕事の一部にしている福岡県警博多警察署勤務の現役の刑事だ。
 話しやすさでは圧倒的に前者だけど、今の時間だとまだ補講の真っ最中だ。仕方ないので村上の携帯電話を鳴らした。
 この男にしては珍しくワンコールで繋がった。
「……どうした?」
「うん、ちょっと相談に乗って欲しかことがあると」
「珍しいな。言ってみてくれ」
 細かいディテールは伏せたままで、ざっと事情を説明した。
「それで、おまえは何がしたいんだ?」
 村上の声には明らかに呆れたようなニュアンスが混じっていた。
「その手紙の在り処が知りたいに決まっとうやん」
「それはそうだろうけどな。俺が言ってるのは、それを手に入れてどうするんだって話だ」
「どうって……内容が分からんけん、まだ、そこまで考えとらんよ」
「なるほど。相変わらずだな」
 ――何がね?
 つい、いつものように食って掛かりそうになったけど寸でのところで思い留まった。そんなことをしている場合ではない。
「で、あんたやったら、どこに隠しとうと思う?」
「そんなこと、現場も見ずに分かるわけないだろう。寝言は寝てから言ってくれ」
「そがん言わんでもいいやん。ちょっと、こがんときのヒントとか、コツとかあったら教えてって言いよるだけやろ?」
「そんなもんがあったら、俺が教えて欲しいくらいだがな。ただ、幾つか言えることはある。いいか?」
「オーケー」
「まず、向坂氏が手紙を隠した理由だ。俺もそれについてはおまえと同意見。おそらく、その手紙だけが他とトーンが違ったんだと思う。いつもの代読人に頼む前に手紙の内容を知っていたのだけがちょっと不自然だが、あるいは妹からそれを匂わすような連絡があったのかもしれないな。まあ、それはいい」
 村上は言葉を切った。電話の向こうで何かを飲んでいるような音がした。
「――で、問題の隠した場所だ。そもそも、向坂氏はどこで亡くなったんだ?」
「そがんと知らんけど、普通に考えたら病院やないと?」
「だろうな。最近は自宅で死ぬと変死扱いになるんで、病院もそういう死期の迫った患者は自宅に帰さない傾向があるし。だとしたら、彼は入院する前に手紙を隠したことになる」
「やろうね。それが?」
「考えてみろ。誰の目にも触れさせちゃいけないから、向坂氏はその手紙を別にしていたんだ。だったら、他の誰かが足を踏み入れるようなところには普通は置かない。ましてや、死期が迫った老人なんだ。自分の身に何かあったときのことを考えれば、遺品を片付けるときに見つかるようなところには隠さないだろう。ま、だったら、とっくに捨ててしまってる可能性のほうが高いんだが」
「アタシはそうやないと思うとやけど」
「どうして?」
「理由は分からんけど、向坂衛は不自由な目をおして妹の手紙を読んだわけやろ。そこまでする必要があった手紙を、他の手紙を残さず保管しとった人が捨てられるとは思えんとよね」
「なるほど。確かにそうだな」
 村上は電話の向こうで鼻を鳴らした。この男が感心したことを示す仕草なのだけど、知らない人間からすれば喧嘩を売っていると取られても仕方のない癖だ。
「紙を紛らわすなら紙の中で書斎に隠してある可能性が一番高い気がするが、そこは代読人の女性の手で片付けられているんだろう?」
「そう。寝室やったところもそがん。もう、ほとんど空き家並みに片付いとるよ」
「それなら、答えは出たようなもんだな。隠してあるのは家の外だ」
「……ちょっと待って。そがん単純なもんね?」
「おまえがさっき言ったことだぞ。向坂氏は八〇歳近い老人だ。高いところに手を伸ばしたり、逆に畳をめくって床下に隠せたとは考えにくい。しかも隠すものは紙だ。ビニールに包んだからといってどこにでも置けるものじゃない」
「やったら、外はダメやん」
「その離れは昔は座敷牢だったと言ったな。周りをよく捜してみろ。おそらく、その藩に所縁がある誰かの祠のようなものがあるはずだ。あるいは、そこで獄死した誰かのな」
「気持ち悪かこと言わんでよ。なんで、見てもおらんとにそがんとがあるって言えると?」
「そういうものなんだよ」
 霊感がまったくないにも関わらず、アタシはこの手の話題が苦手だ。おそらく、父親のお供で深夜のテレビ映画(何故か、あの時間帯は怖いのが多い)を見せられ続けた影響だろう。
「まあ、俺は捨てられてる可能性のほうが高いと思うが、捜すんだったら頑張ってみてくれ。もしも屋外に隠してあったら、賞品代わりにコーヒーでも奢ってもらおう」
「あんたが言うとおりやったらね。――それじゃ」
「ちょっと待て。もう一度訊くが、自分が何をしてるか、分かってるんだろうな?」
「……どがん意味?」
「真実が必ずしも誰かの心を救うわけじゃない、ということさ」
「それは――」
 分かっているつもりだ。
「……じゃあ、何。本当のこととか知らせんで、東京に帰らせたほうが良かっていうと?」
「それはおまえが考えることだ。ただ、さっきの言葉には逆の意味もあることを覚えておけ。真実が美徳とは限らないように、嘘が悪徳とは限らんということだ」
「ふん、大きなお世話ったい。じゃあね」
 言われているのが正論なのは間違いないけど、ムカついたので無造作に電話を切った。その間際に相手が何かを切り出そうとしたような気がしたが、わざわざ掛け直して訊くほどのことでもあるまい。重要な用事ならあっちから掛けてくるはずだ。
 下駄履きで母屋から見てちょうど裏側になるところの角を曲がった。
「祠ねぇ……って、あるやん」
 驚いたことに離れの真裏に小さな祠があった。
 一瞬、アタシは偵察衛星か何かから監視されているんじゃないかと思った。けれど、考えてみれば村上恭吾は昔からそういう物言いをする男だったし、それが明らかに間違っていたことはこれまで一度もなかった。
 そして、それが余計にアタシを苛立たせた。
 
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