『琥珀色の遺言』(別館)

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2008.12.10 「Change the world」第20章
 
 それからアタシたちは彼女たちと合流して、スターバックスで軽く顔合わせをした。
 由真はともかく、口さがない三人組と二人を合わせるのはこの期に及んでも気が進まなかったのだけれど、二人とも彼女たちの合格点(何の点数だかよく分からないが……)に達していたらしく、その場は本当に合コンのような盛り上がりだった。
 しばらくスタバで話してから、アタシたちは千明の親が経営している西中洲の店に移動することになった。
「ちょっと待って。千明んちって……嘘やろ?」
「嘘やなかよ。ちゃーんとお座敷が予約してあるけん」
「マジでッ!?」
 事も無げにのたまう由真に向かって、アタシが普段は言わないようなことを叫んでしまったのにはもちろん理由がある。その店は昔ながらの博多風の水炊きを食べさせてくれる割烹料亭で、アタシたちが気軽に足を運べるようなところではないからだ。
(アタシ、あがんとこ払いきらんよ!?)
 一行の最後尾を並んで歩きながら由真に囁いた。
(そがんと心配せんでよかって。とりあえず、あたしが出しとくけん)
(とりあえずって?)
(そのうち、真奈に身体で返してもらうってこと)
(……なんね、カラダでって)
(それはヒ・ミ・ツ)
 由真の邪悪な視線に背筋が凍りつくのを覚えたが、そこまでセッティングしてあるのを今さら反故にするわけにもいかない。
(アタシ、ぜったい払わんけんね?)
(別によかよ。無理やり取り立てるけん)
 悪質なサラ金業者のようなことを平気でのたまう横顔を呆然と見つめながら、どうして自分がこの悪魔と親友付き合いをしているのか、首を捻らずにはいられなかった。
 とはいえ、さすがに本格的な料亭の看板料理だけあって、出された水炊きの白濁したスープの味一つとってもアタシが家で作れるようなレベルのシロモノではなかった。二人の――特にこういう場ではいかにも遠慮しそうな向坂の――箸がハイペースで進んでいるのを見ると、由真の店選びが間違ってなかったのは事実だと言わざるを得ない。アタシも横目で睨んでくる由真の視線を無視して活発に箸を動かした。
 ただし、本来なら和やかなはずのこの場で、アタシは近年なかったほどの不機嫌に襲われることになったのだけど。
 
「……真奈、どうしたと?」
 トイレと言って中座しておきながら、廊下にあった椅子で休憩しているところに由真が声をかけてきた。
「……ん?」
「酔ったと?」
 正真正銘の高校生であるにも関わらず、アタシたちはこういう場では平気でアルコールに走ってしまう。イケナイことをしている自覚がないことはないが、そこはそれ、誰しも逆らえない誘惑というものはあるのだ。
「ちょっとね。飲み過ぎたかな」
「かな、やなくて間違いなく飲み過ぎ。いくらビールやけんって、あんだけ一人で飲んだらいくら真奈でも酔っ払うよ」
「しょうがないやん。他にすることないとやけん」
「えー、なんで?」
 ……おまえがそれを訊くか。
 総勢七人もいながらアタシが一人酒――比喩ではなく本当にビールを手酌で飲んでいる――なんかしているのは、これまた比喩でも何でもなく、アタシが一人でほったらかされているからだ。
 だいたい、スターバックスで話しているときからおかしかったのだ。
 志村が三人組と話したがらない理由は何となく分かっていた。女慣れしてないわけではないだろうけど、おそらく年上趣味とかそんな理由で同年代の女の子にあまり興味がないのだ。そして、女子というのは男のそういう態度には敏感に反応する。
 その当然の帰結として、彼女たちの興味は向坂に一点集中されることになってしまった。
 客観的に見て向坂には落ち着いた年上っぽさがあるし、多少遠慮がなくても許してくれそうな雰囲気がある。見た目だって決して悪くない。得意ではないにしても如才なく会話もできる。そして何より、あからさまにイジり甲斐がありそうな隙が見え隠れしている。
 こう言っては何だけど、彼女たちのようなコンパ慣れした女子にとって、向坂はこういう席でオモチャにするには一番面白いタイプなのだ。現にこうしている今も、向坂は女子三人に完全に囲まれて慣れないトークに悪戦苦闘しているはずだった。
 まあ、それは仕方のないことかもしれない。三人組が来ると分かった時点でアタシも何となく予想していたことだからだ。
 問題はあとの二人だった。仕方がないので志村と話そうと思ったら、こいつが由真に完全に参ってしまってアタシのほうなど向こうともしないのだ。まあ、由真を相手にして単純な志村がそうなるのは無理からぬことではあるが。由真も普段は絶対に相手にしないタイプなのにやたら盛り上がっていた。
 そういうわけで、アタシは完全に一人であぶれてしまった。その憤りをエビスにぶつけたって文句を言われる筋合いはないはずだ。
「なんね、そがんことやったら言えばいいとに」
 由真はいかにも可笑しそうに笑う。
 そう言われてもアタシはふて腐れるしかない。我ながら心が狭いと思うが、こっちから話の輪に入っていくのは癪に障った。
「別にどがんでも良かよ。アタシはあの二人が楽しんでくれたら、それでいいとやけん」
「おや?」
「……なんね?」
 由真が隣に腰を下ろした。身体を曲げて仰ぎ見るようにアタシの顔を覗き込んでくる。
「ねぇ、真奈。向坂くんのこと、好きなん?」
「へっ!?」
「図星?」
「あんた、何、バカなこと言いよるとねって。好きとか好かんとか、そがんわけなかろーもん」
 ところが、そんなアタシを見て由真の笑みが深くなった。
「ふーん、やっぱりねぇ」
「何がやっぱりねって。そがんことなかよ。だいたい、昨日会うたばかりなんに」
「恋するとに時間は関係ないやん。一目惚れとかあるやろ?」
「アホくさ」
 実はアタシ自身、向坂が気になるのはそういう理由ではないかと思わなかったわけではない。
 しかし、何故か”そうではない”と言い切ることがアタシにはできた。
 それほど経験豊富なわけではないけど、アタシだって恋をしたことくらいある。別れたばかりの元彼。三浦亮太。人の心を見透かしたようなことばかり言ういけ好かない優男。シチュエーションはそれぞれに違うけれど、特有の甘苦しい想いを抱えていたのはいずれのときも同じだった。
 向坂永一に対してはそれがなかった。
 シンパシーは感じる――それも、かつてないほど強く。彼の乏しい表情のわずかな変化が気になるのも事実だ。だから、アタシは彼を傷つけたくなくて安斎啓子の手紙を隠した。したり顔で嘘を並べ立てた。
 けれど、それが”好き”という感情とは思えなかった。
「――さて、と。そろそろ戻ろうかな」
 話を断ち切るように立ち上がった。
「まだ飲むと?」
「ううん、もうよか。――それより、この後はどがんすると?」
 自分の声にかすかな苛立ちを感じた。
 アタシと由真、それにあの二人だったら、食事の後にどこに遊びに行くかについてアタシの意見が通る可能性はある。けれど、あの三人が来た時点でそれを決める権利はアタシの手にはない。今までそれに疑問を感じたことはなかったのに、今日はどことなく不快だった。
「どこか、真奈が行きたかとこは?」
「特にないけど」
「そう。やったらこっちで決めるけん、着いてこんといけんよ?」
「……来るよ、ちゃんと。何でそがんこと言うと?」
「ううん、別に」
 由真はいつものように屈託なく笑った。けれど、その表情に何か予感めいたものを感じた。
 
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