『琥珀色の遺言』(別館)

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2008.12.10 「Change the world」第26章
 
 途切れてしまった話を繕うように向坂が口にしたのは、「――そういえば、長浜の屋台って何処にあるんだ?」という、ムードもへったくれもない質問だった。
 唖然として彼の顔を見返したが、次の瞬間には思いっきり笑い出していた。向坂が呆けたように途方に暮れていたからだ。
「なん、その強引な話題の変え方!?」
「……仕方ないだろ。こういうとき、気の利いたことが言えるようだったら、祖母さんとだって仲直りできてたさ」
「そうかもしれんけど。でも、何で長浜なん?」
「思いついたのがそれだけだから。有名なんだろ?」
「まあね」
 とは言っても、行ってみようかとはちょっと言い難かった。
 親不孝通りから見たとき、北端に面した那の津通りの向こうはもう長浜だ。
 ところが、向坂が言っている長浜の屋台通りは福岡中央卸売市場、要するに長浜の魚市場の広大な敷地の西側にある。ここからだとタクシーを拾うほどではないけど歩くのはちょっと、という微妙な距離だ。しかも、周囲に屋台以外は何もないので食べたらすぐ戻ってこなくてはならない。屋台というのは基本的に長居しておしゃべりをするところではないからだ。
「ラーメン、食べたかと?」
「せっかくだからね。別に長浜じゃなくても、街中にある屋台でいいよ」
「じゃあ、そうしよっか」
 春吉橋の川沿いほど集中はしていないけど、その代わり、夜の天神界隈にはあちらこちらに屋台が出ている。どの店の周りでも照明というより投光機といったほうがピッタリくるライトが煌々と焚かれているので、屋台があるところは下手な街灯の下よりも明るい。それに豚骨スープの独特の匂いや屋台に集う客の喧騒が加わると博多の屋台のイメージの出来上がりだ。
 親不孝通りの南端、昭和通りに出たところの交差点にも幾つも暖簾が並んでいる。渡辺通りのだだっ広い舗道や国体道路の警固神社の前辺りも屋台が集まっているところだ。中にはテレビで紹介されるほど有名な屋台もあって、そういうところは週末ともなれば行列ができたりもする。
 どの店のラーメンも本人たちが声高に主張するほど違わないので――中には「?」マークが浮かぶ店もあるけど――アタシたちは昭和通りの目についた屋台の暖簾をくぐった。
 ちょうど客の切れ目だったのか、アタシたち以外には客はいなかった。なので、ど真ん中に座っても良かったのだけど、アタシはコの字型の屋台の席の短い辺のほうに腰を下ろした。そこだとちょうど二人だけで並んでしまえる。
 屋台には珍しい無愛想な大将はジロリと一瞥しただけで何も言わなかった。
「大将、アタシ、チャーシューメンと餃子、それとビール!!」
「オヤジ丸出し……」
「なんか言うた?」
「何も。えーっと、俺はラーメン。できたらネギ大盛りで」
 キリンラガーのビンとグラスを二つ、それと「はいよ」という短い返事を残して大将は裏から出て行った。屋台の店内にはショーケース(というほど大層なものではないけど)とおでんの鍋くらいしかなくて、コンロなどの調理器具はだいたい屋台の裏側に置いてあるものなのだ。さすがに水道はないので水はタンクに汲み置きだけど、電気はそれぞれの店の場所に専用の電源ボックスが設置されているというから驚く。
「でも、分からないな」
 向坂が言った。
「何が?」
「さっきの話さ。――あ、嫌ならやめるけど」
「別に良かよ」
 ビールをグラスに注いだ。向坂にも飲むかと目顔で訊いたら、小さく横に首を振られたので自分だけグラスに口をつけた。
「話の中に出てきた真奈ちゃんのお父さんを告発した同僚の刑事って、昼間の車を貸してくれた人とは違うのかい?」
「同じ。福岡県警博多警察署、刑事課勤務の村上恭吾巡査部長」
 あのZが父の元同僚の警察官から借りたものなのは車中の会話で説明していた。志村がタバコを吸いたがるのを諦めさせようとしてのことだったはずだ。
「真奈ちゃんが、お父さんの事件を正面から受け止めようとしてるのは分かる。でも、お父さんを庇ってくれなかったその人まで許せたってのいうのは、俺にはちょっと理解できないね。普通は恨んだりするもんじゃないのかな」
「恨んだよ。父さんの判決が出た日の夜、眼鏡が吹っ飛ぶくらい思いっきりビンタかましたし」
 アタシの口調があっさりしているからか、向坂は理解できないと言わんばかりに眉根を寄せた。
「それなのに、今は仲直りしてるのかい?」
「まあね。話すとちょっと長くなるとやけど――」
 ビールを一口、喉に流し込む。
「後で知ったことやけど、あいつに事件を告発させたとは、実は当の本人――アタシの父さんやったとよ。さっきも言うたけど、父さんは自分がしたことの償いはちゃんとするつもりやったらしかけんね。まあ、最初は周りにかける迷惑のこととかも考えたっちゃろうけど、最終的には父さんがあいつに頼んで、県警の筋書きとは違う形になったと」
「ちょっと待ってくれ。真奈ちゃん、さっきその人を恨んだって言ったよな?」
「言うたよ」
「その村上って刑事さんは、自分がお父さんに頼まれて告発したんだってことを、真奈ちゃんに言わなかったのか?」
「そうなんよねぇ……」
 アタシと村上は判決の夜を最後に顔を合わせていなかった。
 それが去年の夏に起こったある事件で再会することとなり――彼はそのきっかけとなった傷害事件の担当だった――拠所ない事情で協力することになった。アタシはその間、ずっと彼のことを意地悪くあげつらい続けたのだが、村上はそれについては何も言おうとしなかった。当然、事実が語られることもなかった。
 彼が告発の真相を語ってくれたのは事件が終結して、行き掛かり上の出来事で足の骨にヒビを入れたアタシを家まで送る車中でのことだった。
「どうしてその人は、真奈ちゃんに本当のことを言わなかったんだろう?」
 向坂は首を傾げた。
「隠さなきゃならないようなことじゃないだろう? わざわざ悪者になる必要だってなかっただろうに」
「アタシも後でそう思うた。最初から話してくれとったら、アタシもあいつのこと、あそこまで恨まんで済んだとにって」
「理由は教えてもらってないのかい?」
「残念ながら。一応、訊いたことは訊いたっちゃけどね」
 本当はそんな生易しいものではない。アタシはかつてないほど食い下がったのだ。けれど、結局はハッキリしたことは聞けずに終わった。
 村上恭吾というのはそういう男なのだ。自分のことを話すことなんか滅多にないし、アタシにもほとんど何も訊かない。そのくせに時々アタシの心を見透かしたようなことを言う。
 腹が立つのでアタシはしょっちゅう文句を言うのだけれど、相手は弁護士志望だったという明晰な頭脳に加えて一度口を開けば普段の寡黙さがウソのように流暢に屁理屈をこねるので、アタシはいつも言い負かされてしまう。ボクシングの元学生王者のくせに「一番得意な喧嘩は口喧嘩」とのたまうのだから本当に始末に終えない。
 しばらく、アタシは村上の愚痴を言い続けた。
 村上を知らない向坂にアタシが言っていることの意味が通るわけではない。それでも一度興が乗ってくると止まらなかった。普段、愚痴そのものを言わないアタシだけど、不思議なことに向坂には心置きなくぶつけることができた――まあ、彼には迷惑な話だろうけど。
「ホント、顔だけはよかけん、調子に乗っとうっちゃないかいなって思うとやけどさ」
「そうなんだ?」
「ヨンさまみたいな甘ーい感じでね。ま、仏頂面の微笑の貴公子とかあり得んけど」
 話の切れ目を待っていたようにラーメンと餃子が出てきた。アタシは紅しょうがを一掴み、丼に入れた。向坂も少し迷ってそれに倣う。スープの味が変わるとこれを嫌う向きも多いけど、アタシは場合によってはスープが赤くなるまで入れる。
 オンナとしてどうなんだという意見はあろうかと思うが、アタシはラーメンは上品に食べるものではないと思っているので、隣の視線など気にせずにがっつき始めた。
「ところでさ、これは俺の想像なんだけど」
 ある程度食べたところで、向坂が薄い笑みを浮かべた。
「ん?」
「真奈ちゃん、ひょっとして村上さんのこと、好きなんじゃないか?」
「――ッ!!」
 危うくすすったばかりのスープを吹き出すところだった。
「ちょ、ちょっと、何ば言い出すとねって!!」
「あれっ、違うのかい? さっきから聞いてると、憧れの人のことを話してるようにしか聞こえないんだけどな」
「……耳がおかしかっちゃないと?」
 箸を置いてビールを一息に飲み干す。そうでもしないと冷静さを保てそうになかった。
「……あいつはアタシにとってそういう対象やなかよ。それにアタシ、ついこの前までやけど彼氏おったし」
「ああ、そういう話だね」
 誰に聞いたと問い返す必要はない。
「志村って口軽かねぇ……」
「そう言わないでやってくれ。俺が変なことを口走らないように、予備知識として知っとけって意味だったんだから」
「それでもさぁ」
 確かにアタシは口止めしなかったし、逆の立場なら――例えばアタシと由真、志村の組み合わせでアタシが失恋話を聞かされていたら、やっぱり由真にそのことをしゃべっただろう。予備知識云々ではなく純粋に興味本位で。
 しかし、この気恥ずかしさをどうすればいいのか。
 仕方がないので、一人でビールを空けながら今度は志村の文句を言い続けた。向坂は苦笑いを浮かべながら黙って聞いてくれていた。
 
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