『琥珀色の遺言』(別館)

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2008.11.10 「Change the world」第3章
 
 そんなにアチコチの地下街に行ったことがあるわけではないけど、”天地下”こと天神地下街は他所とはかなり違った造り――というか、趣きがある。
 設計のコンセプトは”劇場”なのだそうで、南北に梯子状に走る二本の通路はいずれも薄暗く、逆に両端と真ん中に並ぶテナントの店内は煌々と照らし出されている。天井には蔦が絡まったようなレリーフが施されていて、煉瓦造りを模した壁とも相まってちょっと非日常的な雰囲気を感じさせてくれる。
 北半分の以前からある区画も南側に伸びた新しい区画も、アタシには無縁なファッション・テナントで埋め尽くされている。
 おかげで買い物に来ることはそんなにない。ただ、どうせ由真に付き合わされるのなら他のファッション・ビルより地下街のほうがいい。あと、この地下街は渡辺通り周辺の大抵のビルと地下で繋がっていて、雨の日には濡れずに移動できるので非常に便利だったりする。
 由真の春物のボレロを受け取ってから、用事を思い出して天神西通りのバイト先に電話をかけた。
「――はい、海鮮居酒屋、博龍です」
 畳み掛けるような早口の声は板長だ。
「真奈ですけど、オーナーは?」
「工藤ならまだ来とらんよ。遅れるとか言いよったばってんね」
「そうですかぁ……」
「工藤とは道場で会わんと?」
「アタシ、最近行ってないんですよ。一応、受験生なんで」
 アタシは子供の頃から空手をやっているが、一昨年くらいから店のオーナーである工藤さんが師範代を務める道場に出入りしている。正確に言えば順序は逆で、愛機スズキ・バンディット250Vの維持費を捻出するために、道場で知り合った工藤さんに頼み込んでここでアルバイトさせてもらっているのだ。
「どがんしたと?」
「いえ、そろそろ給料貰いに行こうかなーって」
「ああ、そがんことな。バイト代なら俺が預かっとるよ。早よ来んと使うてしまうばい」
「後で顔出します」
 電話を切って、由真のもう一つの用事を片付けるためにソラリアステージに向かった。ここから一番近い入口は”きらめき地下通路”という命名者のセンスを疑いたくなる連絡路(同じところの地上はそのものずばり”きらめき通り”という)の途中にある。
 フロアガイドによればINCUBEはソラリアステージのM3階から五階を占めている。M3というのは二階と三階の間の中二階のことだ。ソラリアは二階部分を西鉄大牟田線の高架線路と駅に、三階部分を西鉄の天神バスセンターにぶち抜かれている関係で段違いのフロアがあって、階数表示がいまいち分かりにくい。
 由真が見てきてくれと言ったのは三階にあるパーティグッズの店だった。
 何でも今度の卒業式の後で開かれる謝恩会の出し物でマジック・ショーをやるつもりらしい。頼まれていた手品用のカードはすぐに見つかった。不器用な由真にカードマジックができるかどうかは甚だ疑問だけれど、アタシが口を出すことでもないので適当な値段のものを選んでレジに並ぼうとした。
 そのとき、遠くのほうで怒鳴り声がした。
 
 ――きさん、待たんやッ!!
 
 吹き抜けの下の階からだ。レジの店員の女の子がアタシそっちのけで声がしたほうを向く。
 つられて振り返るのと同時に、誰かが妙に裏返った甲高い声で怒鳴った。
「おい、エイッ、大丈夫かッ!?」
 広々としているとは言えないショップとショップの間のフロアに、ひょろりとした革ジャンの男がものすごい勢いで駆け込んでくる。呼びかけは背後に着いてきているダッフル・コートの男に向かってのものだ。
 博多口の前で出会ったあの二人だった。
「大丈夫だ。それよりシムラ、ここ何処だ?」
「しらねえよ。とにかく、あっちだ!!」
 呆然と見つめるアタシに気づく様子もなく、彼らはまるで追い立てられるようにその場から走り去っていく。
「……何しようとかいな?」
 思わず一人ごちた。
 二人が何者かから逃げているのは間違いない。そして、それはさっきの怒声と関連があると考えるのが順当だろう。
 それはすぐに証明された。パーティ・グッズに縁のない連中が下の階から駆け上がってきて、辺り構わずに躾のなってない犬のような視線を飛ばしたからだ。一人が場違いな罵声をあげ、一人があの二人が逃げたほうを指差している。
 追いかけっこの勝敗を分ける要因は幾つかあるが、土地勘はその中で大きなウェイトを占める。このままではアウェーの二人はいずれ追いつかれてしまうだろう。
 アタシには何の関係もないことではある。けれど、それは避けなければならないような気がした。
 バッグをその場に落として素知らぬ顔で不良どもに近寄る。穏便にこいつらを追い払うアイデアが浮かばないではなかったが、アタシは本質的に回りくどいことが嫌いだ。
「ねえ、ちょっと?」
 先頭にいたサル顔の出っ歯に声をかけた。
「あん?」
「あれ、何?」
 サル顔はアタシの視線を追って右を向いた。
 次の瞬間、体重を乗せて繰り出したアタシの掌底がサル顔の左耳の裏側、ボクシングで言うところの”アンダー・ジ・イヤー”を捉えた。頭蓋骨ごと三半規管を揺らした手応えが手のひらに伝わってくる。
「……あっ」
 サル顔はヨロヨロと三歩後ろに下がってから、糸の切れた操り人形のようにへたり込んだ。
「なんしよーとや、きさん!!」
 後ろにいた茶髪を真ん中で分けた男が気色ばんだ。
 何か格闘技をやっているのか、中途半端な半身の姿勢で構えをとっている。それは別にどうでもいいけど、アタシの位置からは蹴ってくれといわんばかりに前足の膝裏が丸見えだった。
 なので、そこめがけて下段回し蹴りをお見舞いした。
「いってえッ!!」
 ローファーの爪先が軟らかい膝裏を捉えて、茶髪の身体がガクンと沈む。いわゆるヒザカックンと同じ理屈だが痛さでは比較にならない。アタシはこの打ち下ろし気味の下段回し蹴りでバットをへし折ることができるからだ。
 バランスを崩して浮き上がった茶髪の喉元に裏拳を叩き込んだら、それであっさり片がついた。茶髪は猛烈な咳を繰り返しながら悶絶している。
「ひさん、なんやってッ!?」
 最後の一人、アーミーグリーンのフライトジャケットを着たボウズ頭が喚く。どうでもいいけどコイツ、まだ何もしてないのにすでに鼻にティッシュペーパーを詰め込んでいる。何なんだろ、いったい。
「はっきのひゃつのほんはは?」
 レジに視線を飛ばした。
 ……まずいな。
 何を言ってるか分からないこのアホウのことではない。
 攻撃開始からここまでほんの一〇数秒。店員の彼女にとってはあっという間のできごとだったはずだ。しかも手を出しているのは女子高生のアタシでやられているのは通常は加害者であるはずの不良どもだ。事情はまず飲み込めていないだろう。
 しかし、そろそろ思考停止から回復する。理由はどうあれ、この場のやりとりは間違いなくアタシの不意打ちだ。アタシと彼らの身なりを見比べて警備員が事情をどんなふうに判断するかは微妙なところだが、それに賭けるほどアタシは無謀ではない。
 なので、彼らには無実の罪を背負ってもらうことにした。 
「意味の分からん質問せんよ。何ね、いきなり身体とか触ってきてからさ!!」
「はぁ!?」
「さっさとそいつら連れて行かんやったら、チカンで警察に突き出すよッ!!」
 わざとらしく怒鳴った。ボウズ頭は目を白黒させている。
「ひょ、ひょっとはてって。はれがおまえとかはわるかって!!」
「すいませーん、警備員さん呼んでもらってもよかですかぁ?」
 無視してレジの店員に呼びかけた。再び思考停止状態にあった彼女は、ハッと我に返ると飛びつくような勢いでレジ横の受話器に手を伸ばした。
 ボウズ頭は血走った目でアタシを睨んでいたが、レジの女の子が受話器を置いて向き直ったのを見ると盛大な舌打ちを残して逃げ出した。置いていかれては拙いと思ったのか、悶絶していたあとの二人もヨロヨロとした足取りでそれに続く。
 さて、と。
 呆気にとられる彼女にテキトーな言葉をかけて、そそくさとバッグを拾い上げてその場を離れた。彼らがアタシの身体に触ったというのは一〇〇パーセント嘘なので、詳しい事情を訊かれるとまずいことになる。
 逃げるようにエスカレータを駆け下りてトイレに逃げ込む。警備員がアタシを捜すとは思えなかったけど、少し時間を潰したほうがいいだろう。その間に由真に向けて手品グッズを買い損なった言い訳を綴ったメールを送る。
(……しかし、いったい何やったとかいな?)
 やってから考えるのも変な話だけれど、他人の揉め事に首を突っ込むのはアタシにしては珍しいことだ。ほとんどの場合、どちらかがよほど卑怯なことをしてない限りは「本人たちの問題」でスルーしてしまうからだ。
 けれど、あの二人は地元の人間ではないし、自ら進んで揉め事を起こすようなタイプにも見えなかった。心情的に言っても――仮に悪いのがあの二人のほうだったとしても――この前、由真が作ったできそこないのカレー並みにサラサラな頭脳の持ち主よりは彼らに味方してやりたかった。どうでもいいけどアタシが「これ、新しいスープカレー?」と訊いたら、由真は三日ばかり口を利いてくれなかった。
 それはともかく、とりあえず二人から追っ手を遠ざけることはできた。時間も稼げたはずだ。あとは無事に逃げ切ってくれることを祈るしかない。しばらくソラリアの中をウロウロして誰にも追われていないことを確かめてから、駅ビルの裏手に出た。
 駅ビルの裏側はそのまま警固公園に面していて、そこを突っ切れば岩田屋の正面入口のコンコースに出る。西通りはその向こう側だ。
 アタシが足早にバイト先に向かおうとした、その刹那――
「ふあッ、ひさんッ!!」
 鼻づまりの罵声が薄暗い公園に響き渡った。驚いて声のした方向を向く。
(……どがんことね、これ)
 あまりの光景に目を疑った。どこをどう逃げ回ったのか見当がつかないが、あの二人とアホウどもがソラリアプラザの公園側のエントランス前で対峙していたからだ。
 さっきのボウズ頭がスタッド付き革ジャンの彼を指差している。その仲間と思しき身なりの連中が半円状に囲んで、二人を公園側には逃がさないように陣取っている。〆て六人。さっき、アタシがぶちのめした二人もしっかり戦列復帰している。
 警察を呼ぶべき局面なのは間違いない。けれど、そんな悠長なことを言っていられる状況でないのも間違いなかった。
 バッグを放り出して駆け出した。通行人を掻き分けるアタシの目にボウズ頭の背中が入ってくる。お誂え向きにアーミーグリーンの背中には数発の銃弾に穿たれたターゲットがプリントしてあった。
 そのど真ん中に狙いを定めて身を躍らせる。放つはスクリュー式ドロップキック。中学のとき、体育の授業中にマットの上で男子相手にさんざん練習した技だ。
 久しぶりに使ったけど、そもそも勢いさえあればそんなに難しい技ではない。アタシの両脚はターゲットを完璧に捕えて、奴はエントランスのタイルの上を車に撥ね飛ばされたような勢いで滑っていった。
「な、なんやって!?」
 アホウどもの誰かが喚く中、前受け身の態勢で着地してすばやく立ち上がった。スカートの中にスパッツを履いていないことを思い出したが後の祭りだ。
 残り五人。一度に掛かってこられないようにポジションをとる。
「君はさっきの――!?」
 誰もが呆然とする中、声をかけてきたのはダッフルコートの彼だった。驚いたように目を丸くしたその表情はさらに中学生のときの元彼を思い出させた。アタシが無茶なことをするたびに、亮太はいつもたしなめるような視線をアタシに向けていた。
「――奇遇やね。手が要るんやったら貸すけど?」
 言葉が出ない二人に向かって得意の不敵な笑みを浮かべてみせた。照れ隠しだったことは言うまでもない。
 
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