『琥珀色の遺言』(別館)

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2008.12.10 「Change the world」第29章
 
 ――しまった。
 我ながら驚くけど、そう思ったときには身体が動いていた。
 手を振り払おうとしても、引っ張りあいで男の腕力と渡り合うのはアタシでも無理だ。
 なので、逆に身体ごと腕を押しやった。予想していないほうに力が働いて、ボウズ頭が後ろにひっくり返りそうになって慌てて踏ん張る。身体が密着するほど踏み込んで、がら空きの下腹部を膝でかち上げた。
「ふぐッ!!」
 ボウズ頭の体がくの字に折れる。
 しかし、声ほどには効いてない。やたら硬いものを蹴った感触だったのは、金的ではなく腰骨に当たったからだろう。
 それでも捕まれていた手は離れた。間合いを切るために地面を蹴る。
「あれっ?」
 ところがアタシの身体は宙に浮かず、後ろに向かって思いっきりたたらを踏んだ。慌ててバランスをとろうとしたけど脚がいうことを聞かない。
 ――やばい、倒れるっ!!
「真奈ちゃんッ!!」
 抱きとめてくれたのは、いつの間にか後ろに回り込んだ向坂だった。
 おかげで転倒は免れたけど、バランスを取り戻すのにはさらに数歩の千鳥足を必要とした。ふらつくアタシを支えようと向坂まで不安定な足取りになる。認めたくないけど、身長は――いや、たぶん体重も――アタシのほうが上だから仕方がない。
「あいたぁ、このくそったれがッ!!」
 グズグズしていると、身体を起こしたボウズ頭が拳を振りかぶって殴りかかってきた。まずい、避けられない。とっさにガードの手を上げたけどそれも間に合いそうにない。
 衝撃に備えて歯を食い縛ったアタシの前を灰色の影が横切った。
 寸でのところでアタシと身体を入れ替えた向坂だった。ボウズ頭を押し返そうと胴体に組み付く。
「やめろッ!!」
「なんや、きさんッ!!」
 ドスッ、という聞き苦しい鈍い殴打の音と共にほっそりした身体が吹っ飛んでいく。
「向坂くんッ!!」
 駆け寄ろうとしたアタシをボウズ頭ではない誰かが遮った。
 顔を上げた先には今になって痛そうに顔を歪めるボウズ頭の他に、サル顔の出っ歯と茶髪の真ん中分けがいた。公園でぶちのめした六人のうち、アタシがソラリアで対峙した三人だ。
「なんね、あんたたち!!」
「なんねやなかろーもん――って、なんやコイツ。えらい酒臭かぞ」
「女子高生やなかったとや?」
「どがんでんよかろーもん。とにかく、あんときのクソ生意気なオンナに間違いなかとやけん」
「そうばってんさ。あ、分かった。昨日はコスプレやったっちゃなかとや?」
「ああ、そーかも」
 ……そーかもじゃねーだろ。
 カーボン三枚複写のようにそっくりのだらしない物言いのせいで、誰がしゃべっているのかよく分からない。とりあえず、ボウズ頭の声に聞き覚えがなかったのは鼻の穴の詰め物がなくなっているせいだ。
 アタシの沈黙をビビっていると思ったのか、三人はニタニタ笑いながら近寄ってくる。
 もちろん、アタシはビビッてなどいない。大体、公園でたむろしているようなアホウどもの分際でアタシをビビらせようなんて三万年早い。まったく自慢にならないが、怖い相手と対峙した経験なら特売日に分けてやれるほどあるのだ。
 けれど、まずいどころの騒ぎではないのは事実だ。
 少々アルコールが入った程度なら立ち回りにたいした影響はない。実際にそういう状態で暴れたこともある。けれど、今のアタシの酒量は少々なんてものではなかった。しかも、向坂との勝負に躍起になったせいで余計にアルコールが回ってしまっている。
「まあ、よかたい。とにかく、昨日のお返しばさせてもらうけんな」
 ボウズ頭が指の骨をボキボキと鳴らす。アタシには何の脅しにもならないけど、その効果を信じているのか、一人悦に入ったような気持ちの悪い笑みを浮かべている。
 ――ふん、そっちの人数は半分やし、ちょうどよかハンデったいね。
 そう言ってやろうとしたとき。
「……いい加減にしろよ、彼女は関係ないだろ」
 向坂がむっくりと起き上がった。
「大丈夫ね!?」
「おかげさんで。おい、おまえら。彼女から離れろ」
「なんや、きさん。そのオンナの彼氏か?」
「あーっ、そいつ、俺ばくらした背の高か奴の連れったい!!」
 サル顔に向かってボウズ頭が喚く。
「なんや、オンナに守ってもろうたくせして、こがんとこでだけちゃあつけんなや」
 向坂はそれには答えず、代わりにちょっと不敵な笑みを浮かべた。
「――言っとくが、俺はこっちの人間じゃないんで、おまえたちが言ってることは半分くらいしか分からない。でも、一つ訂正しとく。俺は彼女の何者でもない」
「はあ?」
「彼女は六対二の状況を見かねて手を貸してくれただけだ。おまえたちの本当の相手は俺と、俺の連れだ。――まあ、その連れはここにはいないけどな」
「……やけん、なんや?」
「俺が相手をすると言ってるんだ」
 向坂は腰の後ろに回していた手を出した。
 アタシは目を疑った。意外と節くれだった大きな手には街灯の明かりを反射して禍々しく光るバタフライ・ナイフが握られていた。
「ちょっと!!」
 思わず叫んだ。向坂はニッコリと笑った。
「大丈夫だよ。これでもケンカ慣れしてるんだぜ。ナイフで人を刺して少年院送りになった話はしただろ?」
「あれは――」
「簡単なんだぜ。それに、なかなかいいもんなんだ。人間の腹の軟らかいところにスーッとナイフが滑り込んでいく感触っていうのは」
 淡々と恐ろしいことを口にする。もともと感情の読みにくい話し方をする男ではあるけれど、気負いも芝居がかったところもないのが、逆に奇妙なリアルさを醸し出していた。ひょっとしたら役者の才能があるのかもしれない。
 三対一で圧倒的に有利なはずのアホウどもも、その静かな迫力に押されてしまっていた。
「……なんやって。おう、刺せるもんなら刺してみろや」
「おうって。こっちもナイフくらい持っとうとぜって――あれっ?」
 素っ頓狂な声をあげたボウズ頭が眼を見開く。
「あーッ、それ、俺のッ!!」
「ああ、黙って借りてるよ」
 事も無げに向坂が言う。さっき、組み付いたときに掏り取ったのか。
「時間もないし、さっさと済ませようぜ」
 あまりと言えばあまりにも意外な展開に、三人だけじゃなくアタシまで呆然と彼を見つめた。その笑みがアタシのほうを見たときだけ、ほんの少し違うものになった。
(――真奈ちゃん、逃げるよ)
 アルコールで回転が鈍くなった脳みそにも向坂の意図が伝わってくる。
 向坂が変にナイフをチラつかせずに自然体で構えているせいで、アホウどもは完全に居付いてしまっている。その隙に向坂の背後ににじり寄った。
 ダッシュで逃げ出すにしても、背を向ければ後ろから襲い掛かられてしまう。つまり、追ってくる先頭の一人だけはぶちのめす必要がある。本当にナイフで切りつけるわけにいかない以上、それはアタシの役目だ。
 手を握ったり開いたりを繰り返して、どこまでやれるのかを自分の身体と相談した。脚を高く上げる上段や中段は無理でも下段と突きは何とかなりそうだ。足元か膝への足刀で出足を止めて顎にカウンターの掌底を叩き込む。そんなイメージを練り上げる。
 時間にすれば数秒の睨み合い。きっかけがあれば一気に弾けてしまいそうな怒気と緊張感がその場に立ち込めた。
 それを霧散させたのは遠くからの怒鳴り声だった。
「――こらーッ!! おまえたち、何ばしよるとかーッ!!」
「やばっ、警察やん!!」
 きらめき通り東口のほうで警邏中らしい二人組の制服姿が顔を見合わせている。いなくていいときにいて、いて欲しいときにいないのが警官という生き物だけど、今だけは素晴らしいタイミングだと言わざるを得ない。それにしても、ラウンドワン前とはずいぶん離れているのに揉めてるアタシたちが見えるとは見上げた視力だ。
「どかんすっとや!?」
 一人、影が薄かった茶髪の真ん中分けが喚く。サル顔が盛大な舌打ちで応えた。
「逃ぐっぞ。――クソッ、覚えとけよ!!」
 ステレオタイプな捨て台詞を残して三人が身を翻した。あっという間に西通りの角まで逃げて親不孝通りのほうに曲がっていく。アタシも逃げ足には自信があるが、あいつらと勝負したら勝てないかもしれない。
 あっけない幕切れに思わずため息が洩れた。
「ふん、逃げ足だけは速かね」
「……そうだけどさ、俺たちも悠長なことは言ってられないんじゃ?」
「えっ?」
 そうだ。アタシも向坂も思いっきり酒を飲んでいる。アタシは今さら卒業取り消しにはならないだろうけど、向坂は親族の耳に入れば面目丸つぶれだし、最悪、推薦入学に悪影響が出かねない。
「こらーッ、おまえたち、待たんかーッ!!」
 必死の形相とドラ声が迫ってくる。
 奴らを追い払ってくれたことには心からお礼を言いたいけれど、残念ながら捕まるわけにはいかない。幸い、そんなに若そうな警官ではなかった。大名の路地に逃げ込めば大丈夫だろう。
「向坂くん、逃げるよ!! はぐれんごとねっ!!」
「分かった」
 ちょっと乱暴に向坂の手を取って、アタシは走り出した。この期に及んでも冷静極まりない物言いに笑いそうになりながら。
 
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