『琥珀色の遺言』(別館)

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2008.11.12 「Change the world」第5章
 
「うわっ、真奈、なんば一人で遊びに行こうとしようとッ!?」
 朝っぱらから由真の罵声が響く。
 こうなるのを恐れて早起きしたのに、日頃は遅刻ギリギリまで起きてこないねぼすけが、どういうわけだかダイニングでしかめっ面をして青汁なんぞを飲んでいたのだ。
「べ、別にそがん、どこか遊びに行くってわけでもなかよ」
 裏返りそうになる声を懸命に抑えた。
「やったら、なんでこがん朝っぱらからコソコソしようと?」
「コソコソとかしよらんやん」
「うそ。思いっきりしよるって」
 そりゃあ、こいつにバレたら警察の取り調べ並みの詮索を受けるからに決まっている。どうでもいいけど、飲みやすくなるように蜂蜜と牛乳をたっぷりぶち込んだ緑色の液体は、健康云々を語る以前にカロリーオーバーだと思う。
「ちょっと、知り合いを遠くまで連れて行く約束しとうとよ。で、目的地が遠かけん、早う出らないけんと」
「ふぅん……」
 アタシが着たら正気を疑われかねないパステルピンクのパジャマの上に赤い半纏。その襟元をかき寄せて早朝の冷気に耐えながら、少し潤んだ眼差しがアタシをジッと睨んでいる。その表情は女のアタシですらドキッとするほど可憐で、それなのにやけに艶めかしい。
「どこに?」
 由真の声が一段低くなった。
「えっ?」
「やけん、どこに行くとねって。それと、知り合いって誰?」
「そがんと、別にいいやん」
「良うないよ。言うとくけど、真奈には黙秘権とかないとやけんね」
「……なんで?」
「福岡市の条例でそう決まっとうと。ねぇ、後ろめたかことがないなら、誰とどこに行くか、堂々と言えるっちゃない?」
 由真は更に迫ってきた。なんだ、その夫の浮気を疑う妻みたいな詰問は。しかも、やけに堂に入ってるし。
 少しでも間を作ろうと、わざとらしい咳払いをした。
「――別に、後ろめたかこととかなかよ。ちょっと、友だち――っていうか、知り合ったばかりの子がおるとやけどね。その子、東京から来とるっちゃけど、お墓参りで朝倉のほうに行くんて。で、あっちに列車とかで行ったらいろいろ大変やけん、アタシが連れて行ってやることにしたとよ」
 あの二人が東京から来たかどうかは訊いてないが、話がややこしくなるのでそういうことにしておいた。性別も微妙に濁させてもらう。
「これで納得した?」
 由真はゆっくりと首を横に振った。
「ぜんぜん……。もう、よかけん白状せんね。オトコやろ?」
「あ、あんた、何を根拠に――」
 自分でも驚くほど大きく息を呑んだ。
「いっつもジーパンとブルゾンで出かける真奈が、そがん格好しとったら誰だって分かるよ」
「あ、いや……」
 確かに、アタシは日頃は滅多にしないような格好だった。
 サックス・ブルーのボタンダウン・シャツに短めのレジメンタルのネクタイ、その上にヒラヒラとフリンジのついたスエードのベスト。ボトムはデニム地のミニスカート。パンストは好きじゃないので黒のハイソックス。あと、この上に白のダウンジャケットを用意しているけれど、さっき外の様子を伺った限りでは今日はそこまで寒くなさそうだった。足元はタン色の革のウエスタン・ブーツを履くつもりだ。ヒールがほとんどないペッタンコなので、アタシが履いても身長一八〇センチ越えの大女にならずに済む。
「アタシも、たまにはこがん格好くらいするよ」
「へぇ、そう。やったら、なんでメイクとかしとうと? いつも、あたしがどがんやかましく言うたっちゃスッピンで出かけるくせに。女の子が相手ならメイクとかする必要ないっちゃないと?」
「ぐっ……」
 反論の材料は欠片ほども見つからなかった。念入りにやると宝塚の男役みたいになるので薄めにだけど、アタシは日頃はほとんどしないメイクもしていた。
「もう、相変わらず真奈は嘘が下手やねぇ」
 容疑者を問い詰める刑事のような疑り深い目がアタシをじっと見上げてくる。居心地悪いことこの上ない。さっさと出かけたかったけど、村上がまだ来ていないので追求を振り切って飛び出すこともできない。
 ――しょうがない、観念するか。
 アタシは昨日の博多駅での出会いから警固公園での立ち回りとその後の食事のことを話した。二人の男の名前が向坂永一と志村正晴であることや、朝倉に住んでいた向坂の大伯父が亡くなって、相続関係の書類を片付けるために九州に来たついでに墓参りに行くこと。アタシがその案内役を買って出た経緯も包み隠さず話した。話さなかったのはただ一つ、向坂がアタシの昔の彼氏に、志村が別れたばかりの彼に、いずれもどことなく似た雰囲気を持っていることだ。
「お人よしでもお節介でも、好きなように呼んでくれてよかよ」
 椅子にどっかり腰を下ろして、話しながら淹れたコーヒーに口をつけた。横目でダイニングに置いてある古い柱時計に視線を飛ばす。
 もうすぐ七時。約束の時間だった。パールホワイトのフェアレディZを貸してくれる博多署の刑事は身の回りのことはまったくできないダメ人間だけれど、時間にだけはとにかく正確なのだ。
「ふうん……まあ、それはいいっちゃけど」
 由真が言った。口調からはぜんぜん良さそうなニュアンスは感じられない。
「なんね?」
「どっちが本命?」
「……あんた、アタシの話、ちゃんと聞いとった?」
「東京の男の子二人、天秤にかけとうっちゃろ」
「そがんこと、誰も言うとらんやろうが」
 マナーモードにしたままの携帯電話が震えた。メールが届いていることを示す赤いランプが灯っている。やっと来たか。
「とにかく、そういうことで出かけてくるけん」
 由真は恨めしそうな視線を投げつけてくる。
「よかねぇ、真奈は。自分一人だけ楽しくデートとか行ってさ」
「やけん、デートやないって言いよろうが。だいたい、どこの世界に墓参りデートとかする物好きがおるとね」
「あたしの目の前」
「だからぁ――」
「ふーんだ。あたしが一生懸命、補講受けようときに、真奈は男の子を二人も侍らせてドライブしよるわけかぁ。あ~あ、女の友情ってそん程度のもんよねぇ」
 成績ではアタシなど足元にも及ばない才媛である彼女が、卒業式間近になっても補講を受けなくてはならないのにはいろいろと事情がある。アタシとしても大変だろうなと思うし、可哀想だなとも思う。けれど、それとこれとは別の話だ。
 何か言ってやろうと思って由真を見た。彼女は口を小さく尖らせて、上目遣いにアタシの顔を見つめ返していた。
(……あー、はいはい)
 胸の中で両手を挙げた。拗ねた表情すら可愛いのだから本当に始末に終えない。
「分かった、分かった。帰ってきたらその二人も誘って合流するけん、それでよかろ?」
「うんっ!!」
 子どものような返事。さっきの暗さがウソのような満面の笑顔。弄ばれていると分かっていても逆らえないアタシがそこにいた。
 まったく、悪女というのはこいつのためにある言葉だ。
 
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