『琥珀色の遺言』(別館)

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2008.11.13 「Change the world」第6章
 
 ホテルで二人をピックアップしてZを都市高速に乗せた。
 福岡都市高速二号線は九州自動車道の大宰府インターチェンジに直結しているので、ETCつきのこの車だとそのまま朝倉まで停まる必要もなくストレスフリーで走り続けることができる。それに3.5リッターV6エンジンのパワフルさにはアクセルを踏む楽しさもある。別れた彼のMPVも悪い車じゃなかったし、彼の兄が乗っていたシヴォレー・カマロも運転してみれば面白かったけど、Zはやはり別格だ。
 むしろ、アタシのストレスは2プラス2の狭苦しい後部座席に押し込まれた志村が、いつまでたってもブツブツと文句を垂れるのをやめないことだった。
「そんでよ、いつになったら着くんだ。その朝倉とかいうとこ」
 志村が言う。身を乗り出さんばかりの勢いだけど、実際にはプラス2ですらない荷物置場のようなシートではまともに座ることもできず、横向きに座らざるを得ない。身動きすらロクにとれていないだろう。
「もうすぐって。ほら、そろそろ甘木インターの出口が見えてくるけん」
「んなもん、後ろの席からじゃ見えねーよ」
「そりゃ、そうやろうけど。もう、あんたせからしかねぇ」
 せからしい、という方言の意味が分からなかったのか、怪訝そうな間があった。
 説明しようかと思ったけど、語感とアタシの口調で言いたいことは伝わるだろう。ちなみに”面倒くさい”とか”煩い”といった不快さを博多弁では全てこの一言で示す。よほど気心の知れた相手の場合を除けば、面と向かってぶつけるときには喧嘩になることを覚悟しておく必要のある言葉でもある。
「しょうがねえだろ。何だよ、この人権侵害みたいなシートは」
「ふん、難しか言葉、知っとうやん」
「悪いな、志村。俺がそっちに乗ればよかった」
 助手席の向坂が口を挟んだ。アタシは彼に笑いかけた。
「気にせんちゃよかよ。志村がカーナビ扱えんとが悪いっちゃけん」
「おい、呼び捨てすんな」
「あんたもアタシのこと呼び捨てにするやんね」
「……まあ、そうだけどよ」
「やったらいいやん。ねえ、志村?」
「うっせえ」
 アタシは返事をしなかった。それが火を注いだのか、志村はブツブツと文句を呟いている。
 体格からすれば後ろに行くのは向坂のほうで、志村が助手席だった。そうさせなかったのはカーナビの操作も確かにある。
 けれど、本当はホテルでの志村との言い合いの内容が恥ずかしかったからだ。
 こういうのを相性が良いといっていいのかは甚だ疑問だが、志村と話しているとまるで別人になったように思ったことを口にすることができた。日頃、表には出さないにしても、もともと言葉遣いがきれいとは言えないアタシのことだ。当然の帰結として口をついて出る言葉は激烈な毒舌になった。
 不思議なことではある。アタシは知り合ってかなりの時間を過ごしたクラスメイト相手でさえ、話すときには言葉を選んでしまう。もちろん、腹が立ったりしたときに衝動的に言葉を発してしまうことはあるけれど、それだって稀なことだ。
 なのに、アタシは昨日知り合ったばかりの志村に向かって、別れた彼にすら使ったことのない罵詈雑言を心置きなくぶつけていた。これでも一応オンナであるアタシの前でパンツ一枚で胡坐をかく無神経さに腹が立ったとはいえ、男性のアレのことを粗末なもの呼ばわりしたことなど、生まれてこの方一度だってありはしない。
「……なあ、おまえって、ひょっとしてお嬢さまなの?」
 しばらく相手にしなかったら飽きたのか、志村の文句は収まっていた。代わりに興味津々な眼差しがルームミラー越しにアタシに投げかけられていた。
 質問がどこから繋がっているのか、すぐには分からなかった。
 たぶん、Zのせいだろう。今年、高校を卒業する小娘が乗れるような車ではないし、部屋はムチャクチャなのに車はちゃんと手入れする持ち主のおかげで、このZは新車並みのピカピカさを保っている。
「そがんことなかけど。これは知り合いからの借り物」
「それでCDがあんなのばっかりだったわけか」
 向坂が言った。
 ホテルの車寄せを離れてすぐ、志村は「なぁ、せっかくのドライブなんだからノリノリの音楽でもかけようぜ」と言った。
 珍しく意見の一致を見てZのダッシュボードを漁った。そして、自分のCDを持ってこなかったことを激しく後悔した。ジャズ嫌いを自称するアタシへのあてつけのように、ジャズやクラシックのCDばかりだったからだ。
 予想したとおり、志村は文句を言った。アタシにしてもドライブ・ミュージックにジャズやクラシックはない。
 まあ、それを言うなら向坂がダッシュボードの奥から見つけてくれたエリック・クラプトンの<アンプラグド>だってナシなのだけど、同じエリックでもサティよりはマシだ。クラシックなんか聴いていたら、そのうち居眠りして防音壁にぶち当たる。
 福岡を出て小一時間、朝倉の最寄である甘木インターに近づいた頃には、クラプトンは最後の<ローリン・アンド・タンブリン>を歌っていた。
「あーあ、このアルバム、退屈だったな。なんか他にねえの?」
 志村はわざとらしく欠伸をした。タバコを我慢させているので甘い顔をしていたが、アタシの堪忍袋もそろそろ限界だった。
「悪かったねって。そがん言うなら、どこかで車停めてやるけん、買うてくれば!?」
「……そこまで言ってないだろ」
「言いよるやん」
「言ってねえって」
「あー、はいはい。アタシのバッグにiPodが入っとるけん、それ聴きよかんね」
 インパネの上に放ってあったウェストポーチを後部座席に放った。志村はブツブツと何やら言い訳めいたことを言っていたが、もう相手にしなかった。
「――俺はそんなに嫌いじゃないけどな。エリック・クラプトン」
 向坂はCDケースを手にとって眺めている。その横顔を目の隅で捉えた。
 おしゃれで伸ばしているとは思えない長い前髪。
 あまりきれいに揃ってないので自分で切っているんじゃないかとすら思った。俯き加減になるとそれが目の辺りにまでかかって、表情全体に陰鬱な翳を作り出している。それだけじゃない。昨日知り合ったばかりなのだから当然かもしれないが、アタシに向ける視線一つとってもこの男はいちいちガラス越しに話しているような余所余所しさを感じさせた。
 やっぱり、亮太とは違う。
 明るく社交的な性格とはお世辞にも言えなかったけれど、亮太は向坂のような壁を感じさせたことは一度もなかった。それどころか、周囲に馴染めないでいるアタシに向かって――多少の下心はあっただろうけど――友だちになろうとすら言ってくれた。
 アタシは心の中でそっとため息をついた。
 当たり前のことだ。彼は向坂永一なのであってアタシの昔の彼氏ではない。違っていないほうがおかしいのだ。それは分かっている。なのに、アタシは向坂の表情から意識を離すことができないでいた。
 ひょっとして、アタシのタイプなのだろうか。
 あるかもしれない。自分がバカだからかもしれないが、アタシは知的な感じのする男性に弱い。過去を振り返ればそれは明らかだ。亮太は転校してきて早々に学年トップを奪ったほどの秀才だったし、別れた彼は見た目こそ元ヤンキーのパンクロッカーだったけど、コンピュータ関係に強かったし頭も抜群に切れた。さらに遡れば、初恋の相手は刑事のくせに医者か弁護士じゃないかと思えるほど理知的な顔立ちをしている。
 しかし、彼がアタシの心の中の何かを揺さぶるのは、そんな単純なものではないような気がした。
「何か、知っとる曲とかあった?」
「……いや、このアルバムには入ってなかった」
 短い沈黙が何を意味しているのかは図りかねた。向坂は言葉を続けた。
「もともと、そんなに音楽を聴くほうでもないしね。真奈ちゃんは洋楽も聴くの?」
「も、やなくて逆にそっちばっかりかな」
「そうなんだ」
「やけん、アタシも別にクラプトンが好かんってわけやないとよ。ばってん、ドライブにはちょっとね。あんまりノリノリやと飛ばしすぎるけん、静かな曲も悪うはないとやけど」
「おい、言ってることが矛盾してるぞ」
「あんた、せからしかッ!!」
 カチンときたので口を挟んできた志村を一喝した。まったくこの男、空気が読めないところは別れたばかりの彼にそっくりだ。
 
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