『琥珀色の遺言』(別館)

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2008.11.14 「Change the world」第7章
 
 朝倉市というのは実在しない。
 と言ってしまうと大いに誤解を招くのだけれど、今の段階では存在しないのだから仕方がない。実はほんの一週間程度後に”平成の大合併”とかいうやつで誕生する予定の新しい市の名前なのだ。アタシたちが訪れた今日の時点では、そこは甘木市という名前だった。
 しかし、それがアタシに大きな誤解を招いていた。
「で、まずはどこに行くんだよ、永」
 志村が言った。
「とりあえず、祖母さんの兄貴の骨が納めてある納骨堂だな。――真奈ちゃん、秋月ってどの辺だか分かるかい?」
「秋月!?」
 おうむ返しに聞き返していた。向坂は目を丸くしている。
 朝倉というのは福岡県の中西部、耳納連山の北側の麓に広がる広大な平野の名前でもある。この一帯を指して甘木・朝倉地方という言いかたもする。アタシはその印象から、向坂の大叔父が住んでいたのは甘木市の街中だと勝手に思い込んでいたのだ。
「どうかしたのかい?」
「いや、まあ、あそこも朝倉市になるのは間違いなかけど……」
 行ったことはないが、今日のドライブに備えて近隣のロードマップを眺めるくらいのことはしていた。
 秋月というのは、甘木市の北側の山の中にある町――というか、規模的には村――の名前だ。かつての黒田藩の城下町ということで「筑前の小京都」なる二つ名もある。由真が小さかった頃に家族と訪れたときのビデオを見たことはあって、何となくだけれどイメージだけは持っていた。桜の季節もそれなりにキレイらしいが、アタシの中では紅葉の季節に訪れる観光地だ。
「遠いのかよ、そこ」
「ここから山道を七、八キロ」
「……うええ、マジかよ。永、ちょっとタバコ吸ってきていい?」
「どこかで休憩しよう。真奈ちゃん、コンビニに寄ってくれるかな」
「りょーかい」
 高速を走っているときにもブツクサ言ってたが、喫煙者というのは我慢させると露骨に機嫌が悪くなる生き物だ。しかも、移動の車中でアタシは六回に渡る「吸っていいか?」のお伺いを全て却下している。
 Zを目についたセブンイレブンに乗り入れた。
 向坂がこれから訪れるところに電話をかけている間、アタシと志村は買い物を済ませておくことにした。車中でモノを食べるなと持ち主からは言われていたけど、片付けておけば問題はあるまい。どうせ、アタシが「食べかすを片付けないなら部屋で食べるな」と怒鳴ることへのささやかな反抗にすぎないのだ。
「あんた、何がよかと?」
 さっさとカゴを手にとって訊いた。
「何がって――おい、カゴ持ってやるから寄越せよ」
「別によかよ。アタシが持っとくけん、あんた、ジュースとかお菓子とか選ばんね」
 そう言いながら自分のブラック・コーヒーをカゴに放り込んだ。
 何か言いたそうな顔の志村は、しかし、何も言わずにコーラのペットボトルとスナック菓子を手渡してきた。それもカゴに入れた。向坂は何を飲むかと訊いたら「何でも飲む」との答えが帰ってきた。棚をざっと眺めたら新発売のお茶があったのでそれを選んだ。食べ物の好き嫌いがあるようではなかったが、甘い飲み物を好むようには見えない。もちろん、アタシが勝手に抱いているイメージでしかないけど。
「おまえって、わりと世話好きなほう?」
 レジで支払いを済ませていると、志村が怪訝そうな目で訊いてきた。
「アタシ? うーん、どうやろ。別に普通と思うけど。なんで?」
「いや、普通、こういうのって男が持つだろ。女だってそれが当たり前だって思ってるし」
「そうなん?」
 まあ、そういう女子もいるだろうが。確かに由真はぜったいに自分では持たない。
 コンビニのビニール袋もアタシが持とうとしたけれど、志村は横からすばやく手を出してかっさらっていった。
 向坂の電話はまだ続いていた。志村はアタシに目顔で断わってタバコに火をつけた。風上に回ろうかとしたら、先に志村が風下のほうに動いた。
「ああ、でも、中学校のときの彼氏が言いよった」
 志村が「ん?」と言いながらアタシのほうを向く。
「その人、転校生であっちこっち行っとったんやけど、九州の女の子はやたら甲斐甲斐しかって」
「だよな。昨日だって、何も言わずに永の分の料理とか取り分けてたし」
 あんたの分も取り分けてやったろうが、と思ったが口には出さない。
 ひょっとして、志村が拗ねてる原因はアタシが向坂に向ける態度と自分の扱いの落差にあるのかもしれない。差別したつもりはなかったが、無意識に出てしまっていた可能性はある。
 まあ、それは決してアタシのせいではないはずだけど。
「別に普通のことっちゃけどね。九州男児ってホント何もせんとよ。だけん、女が何でんせんといけんし、それが当たり前になっとるわけたいね」
「尽くす女ってことか?」
「そう言うと、ちょっと違うっちゃけどね。男がしっかりしとらん分、女がしっかりしとるんよ。ウチの父親も仕事はともかく、家じゃ何の役にも立たん人やったし」
「それで許されるのか」
 別に許されるわけではない。そうしなくては家庭のことが回らないからそうするだけだ。だいたい九州男児というと男っぽくて亭主関白なイメージがあるが、九州の男は総じてわがままで子どもっぽいし、家では奥さんに頭が上がらない人が多いのだ。あれは薩摩隼人とイメージが混ざっているとアタシは思っている。もちろん、その薩摩隼人だって鹿児島に行けば実像とは違うだろうから、結局はイメージの一人歩きでしかない。
 タバコを吸い終わった志村と二人、Zのところへ歩いた。
「俺、九州の女の子と付き合いてえ」
 志村は微妙な視線をアタシに向けてきた。――何だろ? アタシはあんたが誰と付き合おうと別に構わないんだけど。
 ただし、釘は刺しておかなくてはなるまい。
「言うとくけど、こっちの子はみんな気性が激しかけんね。怒らせたら怖かよ?」
「それはおまえを見てりゃ分かるよ」
「……なんて?」
 軽く小突くくらいのつもりでショートフックを放った。ところがタイミングが良かったらしくて、脇腹の肉の薄いところに拳がもろにめり込んだ。志村は顔を歪めて身体をよじった。
「いってえッ!!」
「大げさな声出さんよ。ちゃんと寸止めしたろうが」
「バッカ言え、当たってるつーの。あー、いてえ。この暴力女!!」
「言うたろ、怒らせたら怖かって」
 何故か、素直に謝る気はしなかった。代わりに澄ました顔で拳をかざしてみせた。
 恨めしそうな目をしていた志村は、アタシの機嫌を伺うような表情のままでZに乗り込んだ。小声の「……オンナのすることじゃねえぞ」という呟きは聞こえなかったことにしておいてやろう。
 
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