『琥珀色の遺言』(別館)

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2008.11.17 「Change the world」第9章
 
「あー、面白かった」
 校庭から引き上げる中学生たちを遠目に見ながら、コンビニで買ったコーヒーに口をつけた。
「おまえ、野球に詳しいのな」
 志村は二本目のタバコに火をつけて、クスノキの大きな幹に身体を預けていた。
「そっかな? これくらい、普通やないと?」
「バカ言え。どこの女子高生がバスターの意味なんか知ってんだ」
 ちなみにバスターとは”bustered bunt”の略で、意味としては”偽装バント”ということになる。その名の通り、バントの構えをしておきながら、いざピッチャーが投球動作に入った瞬間に一転、ヒッティングの構えに移る打法のことだ。
「そうかもしれんけど。ウチの父親が野球好きやったけんさ。もう、シーズンになると家に野球解説者がおるとと一緒やったけん、せからしかったぁ」
「……ふうん、そうか」
 志村は少し訝しそうにアタシを見た。何なのだろう、いったい。
「なあ、聞いていいか?」
「なんね?」
「おまえ、カレシとかいねえの?」
 意外な質問に、ほんの一瞬、「それが?」と訊き返しそうになった。
 前の彼の頬を思いっきり引っぱたいた夜から、あっという間に一ヶ月近くが過ぎていた。
 憎みあって別れたわけじゃない。どっちかが心変わりしたわけでもない。何事もなければそのままずっと続いていたはずだったのだ。そして、そうであればアタシは今日、ここにはいないはずだった。懸賞好きだった彼が当てた映画の試写会がまさに今日の夕方だったからだ。
 預かっていた当選ハガキは別れたその日の夜に燃やしてしまった。
 志村はアタシから目を逸らして、校庭の向こうの城跡を囲む緑を眺めていた。
 興味本位で訊いているわけではなさそうだった。それに、アタシは誰かに話を聞いてもらいたいと思っていた。できれば、身近な知り合いではない誰かに。
「……うーん、実は別れたばっかりなんよね」
 志村がこっちを向いた。
「一年――いや、去年の夏からやけん、一年半くらい付き合うたんかな。自分で言うとも何やけど、かなりラブラブやったんよ」
「だったら、どうして別れたんだよ?」
「東京に行くんて」
「東京!?」
 意外そうな声。
「就職でね。会社自体はこっちなんやけど、採用の条件があっちに配属でもオーケーってことやったんよ」
「そんなことあるんだな。でも、だから別れるってのも気が短すぎじゃねえの。遠距離恋愛とかでも良かったじゃんよ」
「……嫌よ、そんなん」
 同じことは周りのいろんな人から言われた。そうでなければ、逆に彼に行かないでくれと言えばいいじゃないかと。
 そんなことができるんだったら最初からそうしている。
 心が狭いと言われても否定はしない。でも、アタシには好きな人と離れ離れになりながら関係だけを続けるなど想像もできない。自分が何故、そう思ってしまうのかはどうしても分からなかった。
 腫れ物に触るような気配が伝わってくる。無粋な男だと思っていたが、そういった気遣いはできるのだろう。言葉を選んでいるような沈黙の後、志村は思い切るような小さな息を吐いた。
「おまえってさ、誰にでもこんな感じなの?」
「……こんな感じって?」
「昨日知り合ったばっかりの男二人とドライブなんか、普通はしねえよ。親切とかそういう話じゃねえから。無用心にも程があるぜ」
「あ、心配してくれようと?」
 苦笑いが洩れた。
「それとも、そんなつもりなん?」
「バカ言え。誰がおまえなんか襲うか」
 志村が短くなったタバコを捨てるところを捜してキョロキョロした。アタシはコーヒーを飲み干して缶を渡そうとしたけど、そのときには吸殻はスニーカーの踵の下だった。
「まあ、アタシにしたら珍しかかもしれんね。人見知りするほうやし」
「おまえが!?」
「そがん、ビックリすることないやん」
「ああ、悪い。でもよ、それにしてはなんつーか、馴染んでるよな」
「……馴染んでるって、誰と?」
「永と。あいつ、あんまり初対面の人間と話したりしねえんだよな。まあ、そうじゃなくても無口なほうだけど」
「ふうん――」
 どうなのだろう、と思った。
 向坂と亮太に似ていると思ったのは、おそらくアタシが寂しいからだ。
 今の彼と別れた痛手を和らげるために、昔の彼氏との楽しかった出来事を思い出す。亮太を代用品にしているようで自分でも嫌だったけど、アタシには他に心を紛らわす方法がなかった。アタシが向坂永一に感じた何かも、おそらくは同じ文脈の中にあったはずだ。
 しかし、彼がアタシに何かを感じているとは思っていなかった。
「……向坂くんがどう思っとうかは知らんけどさ。アタシが人見知りせんかったんは、あんたたちが前の元彼に似とうからかもしれん」
「転校生がどうとか言ってたやつ?」
「そう。見た目がってわけやないけど――雰囲気がね。優しそうやし、頭も良さそうやし。それに、なんて言うとかな。アタシともどっか似とう気がするんよ。よう分からんけど」
「おまえと永のどこが?」
「やけん、分からんって言いよるやん」
 説明したところで志村には理解できないだろう。いや、おそらくアタシだって、ちゃんと筋の通った説明はできないはずだ。
 何か言いたそうな目をしていたが、志村は何も言わなかった。
「別にいいけどよ。――あれっ?」
 校舎のほうから向坂がアタシたちを呼んでいた。
「おーい、お茶を出してくれるんだって。二人とも来いよ!!」
「だってよ?」
 志村は返事の代わりに吸いかけのタバコをかざして、アタシには「ちょっと待ってくれ」と言った。しばらくの間、志村は三本目のタバコを煙に変える作業に没頭した。
「ところでおまえ、さっき――」
「なんね?」
「あんたたちが元彼に似てるって言ったよな」
「そうやったっけ?」
 笑ってごまかそうかと思ったけど、向けられている真面目な顔にそうすることができなかった。
「意外とちゃんと聞きようやん」
「茶化すな。永は分かったけど、俺はどこか似てるのか?」
 たち、という言葉を使ったのは語弊があったかもしれない。志村は亮太にはまったく似てないし、逆に向坂は別れたばかりの彼にはまるで似ていないからだ。
「あんたはどっちかって言うと別れたばっかりのオトコに似とう。――やけんかな、あんたが言うことすることにいちいちムカつくんは」
「何だよ、それ」
「あははは、冗談。ほら、向坂くんが呼びようよ」
 無理に笑いながら校舎を指差した。向坂が手持ち無沙汰にアタシたちを待っている。
 志村を待たずにさっさと歩き出した。背後からはまだ何かを問いたげな空気が漂ってきていた。
 しかし、それに気づかなかったふりをした。
 
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